魔の瞬間

2017.01.5

ボクシングには、魔に魅入られたとしか思えない一瞬がある。

9日引退を表明した、長谷川穂積。2か月前の9月、WBCスーパーバンタム級王座獲得

を成し遂げたばかりである。バンタム級10回の防衛に成功した5年間の長谷川は、とにか

く試合巧者であったし強かった。当時、今の日本で一番試合運びがうまいのは長谷川と言

われ、彼の防衛は暫く続くものと誰もが思っていた。

その長谷川の試合を生で観たいと、11回目の防衛戦(武道館だったと記憶している)観戦

順調に長谷川優勢で試合は進んでいた。ところが、会場内の空気が緩んだ、リング上を見

つめていた私も心がとんだ一瞬があった。催眠から覚めた、その後目にしたシーンは、ロ

ープ際で連打を浴びている長谷川だった。何だったのか、観客の多数もそんな思いで彼を

見つめた。長谷川も茫然としていた。

帰宅してVTRを見ると、カメラは相手選手の強烈な1打を捉えていた。今回の引退によ

る特番でもこのシーンが再現されていたが、一発から連打、神憑りなところは、何もない

。あの会場を支配した空白の一瞬は、私の錯覚だったのか。

当然、優勢のままラウンド終了のゴングを聞くことになるだろうという、ほんの少しの心

の緩みだったのかもしれない。